【使用者向け】社員の採用—入社前研修の無断欠席

(注)本記事の内容は、記事掲載日時点の情報に基づき作成しておりますが、最新の法例、判例等との一致を保証するものではございません。また、個別の案件につきましては専門家にご相談ください。

 

【質問】

当社では毎年採用内定者に対して、当社の実務や社風に習熟してもらうための入社前研修を実施しています。しかし、最近は新入社員の性質が変わったのか、無断で欠席する例が増えてきていて困っています。

これまでは入社前研修への参加を義務づけるようなことをしなくてもほぼ100%の参加率だったので問題はなかったのですが、これだけ無断欠席が増加してきているので、入社前研修への参加を義務化し、無断欠席した者には何らかの罰則を科そうかと思うのですが、問題ないでしょうか?

 

【回答】

入社前研修への参加を義務づけることができるかどうかは、会社と内定者との労働契約の意思解釈の問題ですが、たとえ内定者に入社前研修への参加義務が認められる場合であっても、学業への支障等の合理的な理由に基づいて入社前研修を欠席する場合には当該参加義務を免除すべきであり、参加義務違反をもって内定取消等の不利益な取扱いをした場合、内定者から会社に対して債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求が認められる可能性があることに注意が必要です。

 

【解説】

採用内定の法的性質

使用者による従業員の採用は、新卒者の採用においては、使用者による労働者の募集と労働者のそれへの応募(必要書類の提出)、採用試験の実施(受験)と合格決定、採用内定(ないし決定)通知書の送付と労働者からの誓約書・身元保証書等の提出、その後の健康診断の実施等の過程を経て、入社日における入社式と辞令の交付に至るのが通常の過程です。

かかる採用内定の法的性質について、最高裁判例は、企業による募集が労働契約申込の誘因であり、これに対する応募(受験申込書・必要書類の提出)又は採用試験の受験が労働者による契約の申込み、そして採用内定通知の発信が使用者による契約の承諾である、とする一方、当該契約は採用内定通知書又は誓約書に記載されている採用内定取消事由が生じた場合は解約できる旨の合意が含まれており、また卒業できなかった場合にも当然に解約できるものであり、「始期付」かつ「解約権留保付」の労働契約である、と解しています(大日本印刷事件(最高裁昭和54年7月20日労判323号))。

なお、大学卒業見込み者の就職について、採用内定開始日よりもかなり前に、会社が学生に対して口頭で「採用内々定」を通知し、内定開始日に正式に書面で「採用内定」を通知する場合がありますが、かかる「採用内々定」について上記始期付解約権留保付労働契約が成立するか(すなわち、「採用内定」が成立するか)は、ケースバイケースの判断となります。

 

採用内定の効力発生時期と入社前研修の義務化

前述のとおり、判例は採用内定を始期付解約権留保付労働契約と整理していますが、採用内定の効力がいつから生じるのか、すなわち「始期付」の意味をどのようにとらえるのかによって、採用内定者に対して入社前研修を義務づけることができるか否かが異なります。

裁判例上、採用内定の効力発生日について、①内定日とする考え方(大日本印刷事件(最高裁昭和54年7月20日))と、②入社日とする考え方(電電公社近畿電通局事件(最高裁昭和55年5月30日労判342号))に分かれています。

①の考え方に立った場合、入社日前であっても内定日から労働契約の効力が発生しているため、会社は内定者に対して就業規則中の就労を前提としない規定(会社の名誉、信用の保持、企業秘密の保持等)を適用することができ、業務命令として入社前研修や実習等を命じることができることになります。

他方、②の考え方に立った場合、入社日前に内定者に対して就業規則を適用することはできず、入社前研修等を命じることもできないため、あくまで内定者の任意ベースで入社前研修を実施することができるにとどまります。そのため、会社は、入社前研修の無断欠席者に対して懲戒処分等をすることもできません。

かかる①・②いずれの考え方が採用されるかは、会社と採用内定者との間の意思解釈の問題であるため、個別案件ごとに判断されることになります。

 

ご相談のケースについて

採用内定の効力発生日について、①内定日とする考え方に立てば、会社は内定者に対して入社前研修等への参加を義務づけることが可能です。

また、②入社日とする考え方に立ったとしても、会社・内定者間で個別に合意することで一定の義務を負わせることは可能です。

もっとも、入社前研修を欠席した内定者が、欠席を理由に内定取消されたことに基づく損害賠償請求をした裁判例(宣伝会議事件(東京地裁平成17年1月28日労判890号))において、判決は、「本件内定は、入社日において労働契約の効力が発生する効力始期付のものであって、原告(内定者)が直前研修を含めた本件研修への参加に明示又は黙示的に同意したことにより、原被告間に本件研修参加に係る合意が成立したが、当該合意には、原告(内定者)が、本件研修と研究の両立が困難となった場合には研究を優先させ、本件研修への参加をやめることができるとの留保が付されていたと解するのが相当である。」と判示しています。

したがって、たとえ内定者に入社前研修への参加義務が認められる場合であっても、学業への支障等の合理的な理由に基づいて入社前研修を欠席する場合には当該参加義務を免除すべきであり、参加義務違反をもって内定取消等の不利益な取扱いをした場合、内定者から会社に対して債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求が認められる可能性があることに注意が必要です。

 

対策

かかる事態を防ぐためには、内定者に対する入社前研修等を義務づける場合には、具体的な内容を内定の際に明示し、同意を得ておくことが大切です。

また、必要以上に内定者を拘束すると、かえって会社にとって不利益(前述した損害賠償責任等)となるおそれがありますから、内定者の学業等を尊重し、無理に入社前研修等への参加を強制しないことも大切です。

 

  • 【参考文献】菅野和夫「労働法第十一版」(株式会社弘文堂)

 

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