【使用者向け】企業秩序①−退職後の競業避止義務違反と退職金不支給

【質問】

当社は介護サービスを営んでいますが、当社の従業員Xらが、退職後、当社の事務所から5Kmしか離れていない場所で新会社を設立し、同様の介護サービス会社を立ち上げて営業を行っていることが判明しました。

もっとも、当社では、社員の入社時に、「退職後5年間は当社事業所から半径10Km圏内では同種の事業を行ってはならない。違反した場合、退職金は不支給とする」旨の誓約書を差し入れさせています。

Xらは、当該誓約書に違反したものとして、退職金を0にしようと思いますが、問題があるでしょうか。

 

【回答】

ご相談のケースでは、Xらは入社時に会社との間で退職後も競業避止義務を負う旨の誓約書を差し入れていますが、退職後5年間、会社の事業書から半径10Km圏内での同種の事業を禁止することは過度に広範な競業避止義務を設定したものと認定されるおそれがあり、退職金を一切支給しないことは認められない可能性があります。

 

【解説】

競業避止義務

競業避止義務とは、社員が会社と競合する企業に就職したり、自ら競合する事業を行わない旨の義務をいいます。

労働契約における信義誠実義務(労働契約法3条4項)に基づく付随義務として、一定の範囲で競業避止義務が認められています。

もっとも、競業避止義務は、社員にとっては憲法で保障された職業選択の自由に対する制約ですから、無制限に認められるものではありません。

 

退職後の競業避止義務

退職後の社員に対しては、労働契約が終了している以上、労働契約の付随義務としての競業避止義務は及ばないのが原則です。

もっとも、特約等の契約上の根拠があれば例外的に退職後の社員に対して競業避止義務を負わせることは可能と考えられています。ただし、その場合も、以下の事情を総合考慮し、必要かつ合理的な範囲での制限であることが必要と解されています。

① 社員の自由意志に基づくものか否か

② 必要かつ合理的な制限か

(ア)競業行為を禁止する目的・必要性

  • 営業秘密やノウハウ、顧客の確保、従業員の確保等

(イ)退職前の社員の地位・業務

  • 営業秘密に接する地位であったか、顧客等との人的関係を築く業務にあったか

(ウ)競業が禁止される業務の範囲・期間・地域

  • 使用者の保有している特有の技術や営業上の情報等を用いることによって実施される業務に限られる
  • 競業禁止の期間が2年間であれば比較的短期とされることが多い一方、5年間は長期に過ぎると評価する裁判例あり
  • 競業禁止の範囲を会社の事業所から10Km以内と限定していても広範囲と評価する裁判例あり

(エ)代償措置の有無

  • 代償措置を競業避止に関する特約の不可欠の要件とする裁判例がある一方、代償措置がなくてもかかる特約を有効とする裁判例あり

 

競業避止義務違反と退職金の不支給

社員の退職後、競業をすることを防ぐために、就業規則で同業他社に転職した場合に退職金の不支給・減額を規定している会社が見受けられます。

かかる退職金不支給・減額に関する就業規則等がない場合、退職金の不支給・減額は認められないと解されていますが、かかる就業規則等があったとしても、必ずしも文言どおり不支給・減額が認められるとは限らないことに注意が必要です。

具体的には、裁判例において、退職後6ヶ月以内に同業他社に転職した場合には退職金を支給しない旨の就業規則の規定は、退職従業員に継続した労働の対象である退職金を失わせることが相当であると考えられるような顕著な背信性がある場合に限って有効とされています(中部日本広告社事件(名古屋高裁平成2年8月31日労判569号))。

このように、形式的に就業規則等の要件に抵触していたとしても、退職金の不支給が認められない場合があり得ることに注意が必要です。

 

ご相談のケースについて

ご相談のケースでは、Xらは入社時に会社との間で退職後も競業避止義務を負う旨の誓約書を差し入れていますが、退職後5年間、会社の事業書から半径10Km圏内での同種の事業を禁止することは過度に広範な競業避止義務を設定したものと認定されるおそれがあり、退職金を一切支給しないことは認められない可能性があります。

 

  • 【参考文献】菅野和夫「労働法第十一版」(株式会社弘文堂)

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