【使用者向け】企業秩序③—退職後の秘密保持義務

【質問】

当社では、過去に当社の機密情報を持ち出して競業他社へ転職した営業員がおり、大きな損害を被ったことから、社員の入社時に「当社の機密情報については退職後、一切第三者に開示しない」旨の誓約書を提出させています。

ところが、このたび当社の営業社員Xから自主退職の申出があり、詳しく事情を聞いたところ、競業他社の営業部長からヘッドハンティングにあっていることがわかりました。Xからも入社時に上記誓約書を受領していますが、今になって誓約書は無効であると主張してきています。

このようなXの主張は法的に認められるものでしょうか。

 

【回答】

ご相談のケースでは、退職後も社員は秘密保持義務を負うことが誓約書として明記されていますので、その秘密の性質・範囲、価値、労働者の退職前の地位に照らし、合理性が認められる場合は、当該誓約書は有効であり、Xの主張は認められないこととなります。

 

【解説】

退職後の秘密保持義務

社員は、その在職中、労働契約に付随する義務として、知り得た企業情報について秘密保持義務を負うものとされています(労働契約法3条4項)。

このように、労働者の秘密保持義務は、労働契約上の信義則又はこれに付随する誠実義務に基づくものであるため、退職後も当然にかかる秘密保持義務を負うものではありません。

したがって、社員の退職後も秘密保持義務を課すためには、契約上の根拠が必要となります。

 

退職後の秘密保持義務に関する契約の有効性

前述のとおり、退職後も秘密保持義務を課すためには、契約上の根拠が必要となるところ、かかる秘密保持義務は、就業規則等の具体的な規定により、一定の秘密保持が約定されていると認められる場合であり、当該約定の必要性や合理性が認められる限度で有効とされています。

したがって、退職後も秘密保持義務を課す必要性が乏しかったり、秘密保持義務の範囲が過度に広範であったりする場合には、かかる就業規則等の定めは無効となり得ます。

この点、クリーンケアサービスの営業担当従業員が入社5年後に、業務に関わる重要な機密事項(「顧客の名簿及び取引内容に関わる重要な事項」や「製品の製造過程、価格等に関わる事項」)について、一切他に漏らさないという誓約書を提出した事案において、裁判所は、「労働契約関係にある当事者において、労働契約終了後も一定の範囲で秘密保持義務を負担させる旨の合意は、その秘密の性質・範囲、価値、労働者の退職前の地位に照らし、合理性が認められるときは、公序良俗に反しない」と判示し、かかる誓約書の合理性を肯定しています(ダイオーズサービシーズ事件(東京地裁平成14年8月30日労判838号))。

なお、とくに就業規則等に退職後の秘密保持義務に関する明示の規定がない場合には、労働契約終了後は付随義務としての秘密保持義務も同時に終了すると考えられるため、原則として社員が秘密保持義務を負うことはないと考えられています。

 

「秘密」の範囲

「秘密」情報とは、非公知性のある情報であって、社外に漏洩することにより企業の正当な利益を侵害するものをいいます。

具体的な「秘密」の範囲については、業態に応じて個別具体的に判断されますが、顧客等からの信用等も「秘密」情報に含まれるものと解されています。

また、個人情報保護法によって使用者が顧客等の第三者に対して保護義務を負う個人情報については、労働者も秘密保持義務を負うこととなります。

 

ご相談のケースについて

ご相談のケースでは、退職後も社員は秘密保持義務を負うことが誓約書として明記されていますので、その秘密の性質・範囲、価値、労働者の退職前の地位に照らし、合理性が認められる場合は、当該誓約書は有効であり、Xの主張は認められないこととなります。

 

  • 【参考文献】菅野和夫「労働法第十一版」(株式会社弘文堂)

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