【質問】
自動車販売会社である当社では、顧客情報は重要な機密情報であることから、社員に対しては顧客の氏名・住所等が記載された営業日誌を自宅に持ち帰ることは原則として禁止しています。ところが、当社の社員Xは、終業後に自宅で訪問計画を立てるために、上司に無断で営業日誌を持ち帰っていたことが判明しました。Xの行為は機密漏洩に該当するものであり、社内処分の対象にすべきか検討していますが、何か問題があるでしょうか。
また、社員Yは、社内でパワハラにあったとして、外部弁護士に相談するにあたり、当社の人事情報や顧客情報を外部弁護士に手渡していたことが判明しました。このようなYの行為は、秘密保持義務に違反するものとして、懲戒処分の対象にすることは可能でしょうか。
【回答】
Xは、機密情報である営業日誌を無断で社外に持ち出してはいますが、その目的は自宅で訪問計画を立てることにあり、第三者に提供する目的ではなかったことから、秘密保持義務違反とはならない可能性が高いと思われます。
また、Yは、人事情報等の企業情報を第三者に提供しているものの、提供された相手方は守秘義務を負う弁護士であることから、Yについても秘密保持義務違反とはならない可能性が高いと思われます。
【解説】
秘密保持義務の根拠
社員は、その在職中、労働契約に付随する義務として、知り得た企業情報について秘密保持義務を負うものとされています(労働契約法3条4項)。
かかる在職中の秘密保持義務の有無は、就業規則に規定があるか否かを問わないものと解されていますが、就業規則に秘密保持義務が規定され、労働契約の内容となっている場合には、当該秘密保持義務違反に対して、懲戒処分や損害賠償請求等の対象となり得ます。
「秘密」の範囲
「秘密」情報とは、非公知性のある情報であって、社外に漏洩することにより企業の正当な利益を侵害するものをいいます。
具体的な「秘密」の範囲については、業態に応じて個別具体的に判断されますが、顧客等からの信用等も「秘密」情報に含まれるものと解されています。
また、個人情報保護法によって使用者が顧客等の第三者に対して保護義務を負う個人情報については、労働者も秘密保持義務を負うこととなります。
「秘密」情報の社外への持出しと秘密保持義務違反
前述のとおり、社員はその在職中、知り得た企業情報について秘密保持義務を負うものとされています。
ただし、秘密保持義務は、第三者への企業情報の提供を禁止するものであり、当該情報が記録された資料等を社外へ持ち出したことをもって直ちに秘密保持義務違反となるものではないことに注意が必要です。
たとえば、証券会社の営業員が、訪問計画を立てる目的で自宅へ営業日誌を持ち帰った事案について、第三者へ開示する意図がなかったとして、秘密保持義務違反には該当しない、と判断した裁判例があります(日産センチュリー証券事件(東京地裁平成19年3月9日労判938号))。
弁護士への提供と秘密保持義務違反
また、形式的には秘密情報の第三者への開示ではあるものの、弁護士に相談するために企業情報を無断で開示することは、弁護士が守秘義務を負っていること(弁護士法23条)や、社員等の権利保護のために必要があることから、秘密保持義務違反とはならないと解されています(メリルリンチ・インベストメント・マネージャーズ事件(東京地裁平成15年9月17日労判858号))。
同様に、内部告発に関して企業情報を第三者に提供する場合も、その提供の目的、態様、開示(通報)の相手方等を総合考慮して、秘密保持義務違反となるかが判断されることとなります。
ご相談のケースについて
Xは、機密情報である営業日誌を無断で社外に持ち出してはいますが、その目的は自宅で訪問計画を立てることにあり、第三者に提供する目的ではなかったことから、秘密保持義務違反とはならない可能性が高いと思われます。
また、Yは、人事情報等の企業情報を第三者に提供しているものの、提供された相手方は守秘義務を負う弁護士であることから、Yについても秘密保持義務違反とはならない可能性が高いと思われます。
- 【参考文献】菅野和夫「労働法第十一版」(株式会社弘文堂)