【質問】
当社の社員Xは、休日に飲酒運転により自宅近くのコンビニへ衝突事故を起こしてしまい、警察沙汰になってしまいました。
当社の就業規則には、「会社の信用を毀損した場合」には懲戒処分の対象とする旨の一般的な規定はありますが、直接飲酒運転を禁止した規定はありません。もっとも、当社では営業部隊は日常的に社用車を使用していることから、会社として飲酒運転禁止キャンペーンを展開しており、その最中に事故を起こしたXに対しては厳罰をもって臨みたいと考えています。
当社がXを懲戒解雇することは問題ないでしょうか。
【回答】
社員が飲酒運転を行った場合の懲戒解雇の有効性については、①行為者の属性(職種、役職、勤務状況等)、②行為の状況・内容(飲酒の量、被害の有無、毒、事後の対応等)、③社会的影響の有無・程度、④懲戒規定の周知徹底の有無・程度、⑤その他情状等を総合考慮して、懲戒解雇の有効性を判断しており、飲酒運転をしたからといって直ちに当該社員に対する懲戒解雇等が認められるものではありません。
ご相談のケースでは、会社が飲酒運転禁止キャンペーンを行っている最中にXは飲酒運転により事故を起こしていますが、Xの職位や勤務状況、飲酒量や飲酒運転の動機等によってはXに対する懲戒解雇は認められない可能性があることに注意が必要です。
【解説】
企業秩序と服務規律
服務規律とは、服務に関する規範を中心として、会社が社員に対して設定する就業規則上の行為規範をいいます。
かかる服務規律の根拠として、判例上、会社は、労働契約関係に基づき、社員に対して企業秩序維持のために必要な措置を講ずる権能を持つとともに、社員は企業秩序を遵守すべき義務を負っている、とされています(JR東日本(高崎西部分会)事件(最高裁平成8年3月28日労判696号))。
職場外の行為と企業秩序
もっとも、かかる服務規律は社員が職場で服するルールであり、職場外における社員の行為には及ばないのが原則です。ただし、例外的に、職場外の行為が職場における職務に重大な悪影響を及ぼす場合には、服務規律の効力が及び、会社は当該社員に対して懲戒その他の処分を行うことが可能となります。
具体的には、最高裁判例において、職場外での職務遂行に関係がない行為であっても、企業秩序に直接の関係を有するものや、評価の低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められる行為については、企業秩序維持確保のために、これを規制の対象とすることが許される場合もあり得る、とされています(国鉄中国支社事件(最高裁昭和49年2月28日労判196号))。
かかる判例の基準は、飲酒運転に関する裁判例においても引用されており、参考になるものと思われます(ヤマト運輸(懲戒解雇)事件(東京地裁平成19年8月27日労判945号))。
休日の飲酒運転を理由とする懲戒解雇の可否
社員が飲酒運転を行った場合の懲戒解雇の有効性に関する裁判例を整理すると、概要以下のとおりです。
これらの裁判例では、①行為者の属性(職種、役職、勤務状況等)、②行為の状況・内容(飲酒の量、被害の有無、毒、事後の対応等)、③社会的影響の有無・程度、④懲戒規定の周知徹底の有無・程度、⑤その他情状等を総合考慮して、懲戒解雇の有効性を判断しているものと思われます。
裁判例 |
事案の概要 |
考慮要素 |
処分の適法性 |
職員地位確認等請求事件(宮崎地裁平成21年2月16日) |
深夜飲酒し、自宅に向かう途中に酒気帯び運転で検挙され、20万円の略式命令を受けた職員を、市が懲戒免職した事案 |
① 市職員(公務員) ② 飲酒した飲食店付近に自車で赴いた、必要に迫られて酒気帯び運転に及んだのではない、飲酒量が少なくない、アルコール保有量も多量 ③ 飲酒運転撲滅の社会的な機運が高まっていた |
適法(○) |
豊中市水道局職員(懲戒免職)事件(大阪地裁平成18年9月27日) |
飲酒運転で対向車と2度衝突事故を起こして3名に傷害を負わせ、いずれも警察に通報せずその場を立ち去って検挙され、50万円の罰金と5年間の免許停止に付された職員(係長)を、市が懲戒免職した事案 |
① 管理職 ② 飲酒量が相当多量、2度の事故を起こし3名の被害者を出した、救護措置をとらずに走り去った、当初警察官に報告しなかった ③ 新聞報道された、道路交通法の罰則が強化された ④ 飲酒運転の禁止等について繰り返し周知徹底が図られていた |
適法(○) |
ヤマト運輸(懲戒解雇)事件(東京地裁平成19年8月27日) |
業務終了後飲酒し、自宅に向かう途中に酒気帯び運転で検挙され、30日間の免許停止と20万円の罰金に処せられたセールスドライバーを懲戒解雇した事案 |
① セールスドライバー ③ セールスドライバーの飲酒は社会的評価の低下に結びつく |
適法(○) |
加西市(職員・懲戒免職)事件(大阪高裁平成21年4月24日) |
休日に酒気帯び運転で検挙され、罰金20万円及び30日間の免許停止に付された職員について、市が懲戒免職した事案 |
① 管理職だが、懲戒免職によって収入を失う、38年間真面目に勤務し退職間際であった ② 事件後の対応が良好、違反距離がわずか400メートル時速40キロに過ぎなかった、アルコール量が最低限であった、パトカーの追跡に気がついて自発的に停車させた、最初から酒気帯び運転をするつもりではなく、酔い覚ましに30〜40分過ごしていた |
違法(×) |
京都市(市職員・懲戒免職処分)事件(京都地裁平成21年6月25日) |
自動二輪車に、酒気帯び、免許不携帯、自動車登録番号標等の表示義務違反、一方通行禁止違反の状態で試乗し、逮捕された職員を市が懲戒免職した事案 |
① 管理職ではない ② 飲酒量が相当程度高く、一方通行を逆走する等危険であったり、新車を試乗したいという安直な動機であったものの、10年間懲戒処分を受けておらず、飲酒運転等を繰り返していたような事情も伺われず、事故を起こしておらず私生活上の非行であった |
違法(×) |
大阪市教委(高校管理作業員・懲戒免職)事件 |
深夜、自宅に戻るために酒気帯び運転して検挙され、30万円の罰金と免許停止に処せられた職員を懲戒免職した事案 |
① 教員ではなく、業務に支障が生じたり適格性に疑義が生じたりしていない、これまで懲戒処分を受けておらず真摯に職務を遂行していた ② 危険な行為であったり、アルコール量も少なくなく、タクシーを使うこともできたものの、事故を起こしていない |
違法(×) |
ご相談のケースについて
以上の裁判例に照らすと、ご相談のケースでは、会社が飲酒運転禁止キャンペーンを行っている最中にXは飲酒運転により事故を起こしていますが、Xの職位や勤務状況、飲酒量や飲酒運転の動機等によってはXに対する懲戒解雇は認められない可能性があることに注意が必要です。
- 【参考文献】菅野和夫「労働法第十一版」(株式会社弘文堂)