相談内容
当社は、業績が悪化したために人件費を調整する必要があったことから、問題行動を繰り返す従業員Aを解雇することにしました。
Aは、当初は解雇されることも仕方がないと受け入れる様子を示していましたが、解雇されてから1ヶ月後に「不当解雇であり到底受け入れることはできない」という旨の内容証明郵便を送付してきました。
当社としても、Aの在籍中の問題行動を容認することはできなかったため、Aの復職を拒否しました。
するとAは、地位保全の仮処分を申し立ててきました。さらにAは、仮処分に続いて、労働訴訟も提起する予定であると通知してきました。
当社は、これまで裁判対応をしたことがありません。どのように対応すればよいのでしょうか。
回答
- まず仮処分や労働訴訟の手続きの流れを理解しましょう。
- 仮処分や労働訴訟は裁判手続の一つです。裁判所により判断が下されるという点でその他の解決手続とは根本的に異なるという特徴があります。
- 仮処分や労働訴訟では、会社側から詳細な主張や立証ができるかどうかによって結論が左右されることになります。
- 仮処分や労働訴訟が提起された場合には、裁判実務と労働問題に詳しい弁護士へのご相談をご検討ください。
仮処分や労働訴訟は労働問題の最終段階といえます
仮処分や労働訴訟を申し立てられるケースは、労使双方での交渉では解決が難しいと判断されたと考えられます。
労働問題が起きた場合、通常は労使交渉によって解決を試みることが多いといえます。仮処分や労働訴訟の申立まで移行したということは、労働問題がそれだけ深刻化したと考えられます。
また、仮処分や労働訴訟では、裁判所により判断が下されるという点で、労働問題の最終段階にあるとみることもできます。
仮処分や労働訴訟における初動対応のポイントを見る前に、仮処分手続の流れ及び労働訴訟の流れについて解説します。
仮処分手続の流れ
仮処分とは
仮処分とは、紛争により生じている現在の危険や負担を取り除くために、本案訴訟の判決が確定するまでの間について、裁判所に暫定的な措置を求める手続をいいます。
労働紛争では、地位保全仮処分や賃金仮払仮処分という類型で仮処分手続を利用することが多いといえます。
仮処分命令申立書の提出
仮処分命令申立書は、管轄である「本案の管轄裁判所」又は「仮に差し押さえるべき物若しくは係争物の所在地を管轄する地方裁判所」に提出します(民事保全法12条1項)。
仮処分命令申立書には、①当事者、②申立ての趣旨、③保全すべき権利、④保全の必要性を記載する必要があります(民事保全法13条)。
① 当事者 仮処分命令申立事件における①当事者の記載ですが、申立人を債権者、相手方を債務者、相手方の差押対象となる債権の債権者を第三債務者といいます。 ② 申立ての趣旨 ②申立ての趣旨は、どのような仮処分命令を求めるのかという結論を記載することになります。 ③ 保全すべき権利 ③保全すべき権利は、仮処分手続によって保全する権利であり、本案訴訟で確認を求める予定の労働契約上の権利を有する地位等をいいます。 ④ 保全の必要性 ④保全の必要性は、本案訴訟による判断を待たずに仮処分をすべき緊急の必要があることをいいます。仮処分命令の申立にあたっては、債権者の生活の困窮を避けるために仮処分命令を早急に出すべき緊急の必要があることを主張・立証(疎明)する必要があります。 |
双方審尋
仮処分命令申立事件では、仮差押命令申立事件とは異なり、債権者のみならず債務者の双方を面接する手続を経なければ仮処分命令を発することができないという運用をされる傾向にあります。
審尋の方法については特段の制限はなく、裁判所が適当と認める方法によって行われます。
債権者と債務者が交互又は同時に裁判官と面接して口頭で説明することもあれば、交互に書面を提出しあうということもあります。
仮処分命令申立事件では、債務者からも反論の機会が与えられるため、仮差押命令申立事件よりも決定が出るまでに長時間を要することになります。もっとも、迅速性も要求されるため、通常の訴訟手続よりは早めに審理を行う傾向にあります。
和解等の解決
仮処分命令申立事件では、双方審尋が行われた後、裁判所から和解の勧告がされることもあります。
裁判所の和解勧告の結果、仮処分命令申立事件のみならず、請求債権自体に関する和解が成立し、終局的な解決に至ることもあります。
もっとも、和解が成立せず、結局は本案訴訟まで発展してしまうこともあり得ますが、こうなると終局的な解決まで長時間を要することになります。
労働訴訟の流れ
訴訟の流れ
(1)訴訟の提起
労働事件には複数の解決手段がありますが、当事者間の合意にかかわらず裁判所による判断によって解決を図ることができるという点で、訴訟が終局的な解決方法ということができます。
訴訟の提起にあたっては、訴状を裁判所に提出することになります。訴訟の注意点については、通常の民事訴訟事件と変わりません。
(2)訴訟の類型
労働事件は、複数の解決手段がありますが、訴訟の類型も複数挙げられます。後述の訴額にも関連しますが、労働事件の訴訟の類型をいくつか挙げると、以下のとおり整理できます。
|
(3)訴額
労働事件は、類型によって訴額が異なるため注意が必要です。
例えば、①解雇無効確認・従業員の地位確認・雇用関係確認の訴えの場合、財産権上の請求ですが、訴額算定が極めて困難であるために訴額は160万円とされます(民事訴訟費用等に関する法律4条2項後段)。
また、④懲戒処分の無効確認訴訟(出勤停止処分・減給処分・訓戒・譴責処分)の場合、訴額は命令の経済的価額の全額とされます。ただし、ⅰ処分内容が出勤停止の場合は160万円、ⅱ処分内容が減給の場合は減給額、ⅲ処分内容が訓戒・譴責の場合は、非財産上の請求として160万円とされます。
このように、労働事件の場合、訴えの内容によって訴額の算定が異なりますので、訴訟提起にあたっては訴えの内容と訴額を確認するようにしましょう。
訴訟の審理
(1)第1回口頭弁論期日
裁判の場合、弁護士が代理人として選任されている場合、当事者本人の出席は必要とされていないため、通常は弁護士のみの出席で対応します。
そして、第1回口頭弁論期日では、訴状及び答弁書の陳述が行われた後、次回期日の指定がなされます。
(2)その後の弁論期日
第2回期日以降は、各争点に関する主張・立証を当事者双方で行って進めていくことになります。
各期日は、概ね1〜2ヵ月に1回の頻度で行われます(夏季休廷等があればさらに間隔が空くこともあります)。
期日を重ねていくことで徐々に争点に関する主張・立証が整理され、十分に争点整理が行われた段階で、証人尋問が行われます。
なお、事案によっては、証人尋問の前後で和解が試みられることがあります。
訴訟の終了
(1)判決
判決は、裁判所による判断によって終局的な解決を得る手続といえます。
なお、労働事件の場合、判決による解決は、会社(使用者)側にとって、単に請求内容の当否に関する判断を得るというだけでなく、信用リスクの観点からも検討する必要があります。
労働事件の場合、判決が下された場合、「◯◯株式会社事件」などと題されて判例紹介をされることが少なくありません。このように会社名が明記されて労働事件の判例が紹介されると、結論の当否にかかわらず、労働紛争になった会社という印象を持たれ、会社の信用が毀損されるおそれもあります。
労働事件の場合、会社の信用リスクという観点からも、判決による解決が妥当かどうかを検討すべきです。
(2)和解
裁判では、判決のほか、和解による解決も考えられます。
和解による解決のメリットは、当事者である程度結論をコントロールできるところにあります。もちろん、譲歩すべき点は譲歩しなければ和解にはなりませんが、裁判所によって予想もしない結論を下されるという事態は回避できます。
また、和解であれば、判決では得ることができない内容を獲得することも期待できます。例えば、当事者間で労働紛争の内容を第三者に口外しないという守秘義務条項を和解に盛り込むことで、会社側であれば信用リスクを回避することができる一方、労働者側であれば労働紛争になったということを拡散されることを防止でき、再就職活動等への支障を防ぎやすくすることが期待できます。
和解は非常に柔軟性に富む制度であるため、事案に応じてうまく利用するようにしていきましょう。
仮処分や労働訴訟を申し立てられた場合の初動対応のポイント
仮処分や労働訴訟は長期化する可能性がある
仮処分や労働訴訟に移行した場合、労働問題の解決が長期化する可能性があります。裁判手続きは通常1から2ヶ月毎に開かれる傾向にあります。
労働者会社側双方の主張と反論が繰り返される場合、どうしても裁判手続きが長期化してしまう傾向にあります。労働訴訟では解決までに1年以上を要することも少なくありません。
したがって仮処分や労働訴訟に移行した場合には、労働問題の解決までに長期間を要する可能性があるということを会社側もあらかじめ認識しておく必要があります。
仮処分や労働訴訟では 詳細な主張立証が求められる
仮処分や労働訴訟では、その他の労働問題の解決方法よりも、詳細な主張立証が求められる傾向にあります。詳細な主張立証が求められるということは、会社側にとって必ずしもデメリットというわけではありません。
例えば労働者側が 過大な算定をした残業代を請求してきているケースのように、具体的な根拠に基づかない主張していると思われる場合には、裁判所を介して詳細な主張立証を行っていた方が会社側にとって有利といえることもあります。
仮処分や労働訴訟でも和解による早期解決ができる可能性がある
また仮処分や労働訴訟では労働問題の解決までに長期間を要する傾向にあるとは言いましたが、裁判上の和解による解決を図ることも可能です。
裁判所から見て、労働者側と会社側双方の主張立証がある程度尽きたと考えられる場合には裁判所からも和解案を提示してもらうことがあります 。
裁判上の和解を検討することによって労働問題を早期に解決できる可能性もあるため、必ずしも柔軟性に乏しい制度というわけではありません 。
裁判所の判断を仰ぐことによって会社側の毅然とした判断を示すことが期待できる
さらに仮処分や労働訴訟では、労働者側と会社側双方の言い分を聞いて第三者である裁判所が客観的な判断を下すことになります。
会社側として 労働者側の訴えが不当であると考えた場合には、裁判所から判断を出してもらうことによって会社側の主張の正当性を内外に示すことが期待できます。
仮処分や労働訴訟を申し立てられた場合には労働問題に詳しい弁護士にご相談ください
仮処分や労働訴訟は、他の解決方法よりも解決までに長時間を要する傾向にあります。
また、詳細な主張立証を尽くすことが求められるため、会社側にとっても負担の大きい手続きではありますが、裁判所による客観的な判断を示してもらうことができるため、会社の主張の正当性を内外に示す機会でもあります。
仮処分や労働訴訟に適切に対応するためには、裁判実務と労働問題に詳しい弁護士に相談することをご検討ください。
リーガルメディアのご案内
管理職の労務管理以外にも、労働問題でお悩みの企業は弊所が運営する企業法務のコラムサイト「企業法務リーガルメディア」をご参照ください。人事労務・労務管理に関して寄せられる多数のご相談への回答を掲載しています。
また、企業法務や人事労務・労務管理に有益なメールマガジンも配信しております。セミナーの開催や人気コラムのご紹介も配信を行なっております。ぜひこちらのご登録もご検討ください。
登録特典として、書式ダウンロードページのパスワードを配信。実務に役立つ書式を無料でダウンロードすることが可能です。
顧問契約のご案内
弁護士法人長瀬総合事務所は、企業が労働問題を解決・予防し、より成長できる人事戦略を描くことをサポートします。