【質問】
外資系証券会社である当社では、機密情報の漏洩やSNS等の不適切な利用により会社のレピュテーションが毀損されることを防ぐべく、社員に対して勤務時間中にパソコン・スマートフォン等を私的に利用することを就業規則等で明示的に禁止しています。
ところが、このたびある女性社員が勤務時間中にもかかわらず、会社のパソコンからプライベートメールを数通程度外部に送付していたことが判明しました。かかる女性社員に対して、就業規則に反してパソコンを私的利用したことを理由に懲戒解雇することは認められるでしょうか。
また、当社ではコンプライアンスグループ長に対する誹謗中傷メール出回っており、その調査のために全社的に社内メールをチェックしようと思いますが、とくに当社の就業規則ではこのような社内メールチェックに関する規定はありません。このような場合でも、調査のために社内メールをチェックすることは認められるでしょうか。
【回答】
問題の女性社員が勤務時間中に数通程度のプライベートメールを送信したに留まるのであれば、なお社会通念上相当とされる範囲内といえ、職務専念義務に違反したものとはいえず、懲戒解雇は認められない可能性が高いといえます。
また、誹謗中傷メールを調査するための社内メールの点検については、点検を行う合理的必要性が認められ、その手段・方法が社会的に相当であれば、社員のプライバシー権を侵害せず適法に認められるものといえます。
【解説】
1. 社員の職務専念義務
社員は、労働契約の最も基本的な義務として、使用者である会社の指揮命令に服しつつ職務を誠実に遂行すべき義務を有しており、労働時間中は職務に専念し他の私的活動を差し控える義務を有しています(職務専念義務)。
したがって、会社の許可なく、勤務時間中に業務と関係のないパソコンの私的利用やスマートフォンからSNSに投稿等をすることは職務専念義務に違反することとなります。また、かかるパソコンの私的利用が就業規則等において禁止されており、就業規則中の懲戒事由に該当する場合、会社は当該社員に対して懲戒処分を下すことが認められます。
2. 懲戒処分の可否
もっとも、たとえ就業規則等において勤務時間中のパソコン等の私的利用が禁止されており懲戒事由として規定されていたとしても、当該違反をもって直ちに懲戒解雇まで認められるわけではありません。
この点、外資系広告会社の秘書業務等を行っていた社員が、勤務時間中に一日2通程度の私用メールを送受信したこと等を理由として解雇された事例について、裁判所は、「社会通念上相当と認められる限度で使用者のパソコン等を利用して私用メールを送受信しても上記職務専念義務に違反するものではないと考えられる」と判示し、解雇を無効としています(グレイワールドワイド事件(東京地裁平成15年9月22日労判870号))。
これに対して、専門学校の教師が、勤務時間中に出会い系サイトに投稿し、関連するメールの送受信をしていたこと等を理由に懲戒解雇された事例において、裁判所は、当該教師の行為は、「職責の遂行に専念すべき義務等に著しく反し、その程度も相当に重い」、教師の「行為は著しく軽率かつ不謹慎であるとともに、これにより控訴人学校の品位、体面及び名誉信用を傷つけるものというべきである」として、懲戒解雇を有効としています(K工業技術専門学校(私用メール)事件(福岡高裁平成17年9月14日労判903号))。
このように、勤務時間中のパソコン等の私的利用を禁止する就業規則に違反した場合の懲戒解雇の可否については個別具体的な事案に応じたケースバイケースでの判断となりますが、当該違反をもって直ちに懲戒解雇まで認められるわけではないことに留意が必要です。
3. パソコン等の私的利用に関するモニタリングの可否
社員によるパソコン等の私的利用をモニタリングすべく、就業規則等においてあらかじめ会社によるモニタリングが可能である旨規定されている場合、社員にはもともと会社のパソコン等の利用についてプライバシー権が認められないため、会社は日常的に社員による会社のパソコン等の使用状況をモニタリングすることが可能です。
これに対して、就業規則等においてかかる規定が存在しない場合、モニタリングを実施する合理的な必要性があり、その手段・方法が相当であれば、社員のプライバシー権を侵害せず、モニタリングは可能といえます。
4. ご相談のケースについて
前述したグレイワールドワイド事件に照らすと、問題の女性社員が勤務時間中に数通程度のプライベートメールを送信したに留まるのであれば、なお社会通念上相当とされる範囲内といえ、職務専念義務に違反したものとはいえず、懲戒解雇は認められない可能性が高いといえます。
また、誹謗中傷メールを調査するための社内メールの点検については、点検を行う合理的必要性が認められ、その手段・方法が社会的に相当であれば、社員のプライバシー権を侵害せず適法に認められるものといえます。
(注)本記事の内容は、記事掲載日時点の情報に基づき作成しておりますが、最新の法例、判例等との一致を保証するものではございません。また、個別の案件につきましては専門家にご相談ください。
【参考文献】
菅野和夫「労働法第十一版」(株式会社弘文堂)