はじめに
労働人口の減少が加速する現代において、多くの企業が深刻な「人手不足」に直面しています。もはや、正社員だけで業務のすべてを回すことは困難であり、契約社員、パートタイマー、アルバイトといった有期雇用労働者(非正規雇用労働者)が、現場の主力として企業の存続を支えているケースも珍しくありません。
しかし、有期雇用労働者の離職率は依然として高く、せっかく教育してもすぐに辞めてしまう、なかなか定着しないといった悩みを抱える経営者様や人事担当者様は少なくありません。「給料が安いから仕方ない」「責任感がない」と諦めてしまうのは早計です。多くの場合、離職の原因は「将来への不安」や「不公平な評価」、「キャリアパスの不在」にあります。
2020年(中小企業は2021年)に施行されたパートタイム・有期雇用労働法(同一労働同一賃金)は、不合理な待遇差を解消することを企業に義務付けましたが、これを単なる「法対応のコスト」と捉えるか、「人材活性化のチャンス」と捉えるかで、企業の競争力は大きく変わります。
本稿では、有期・パート従業員のモチベーションを高め、定着率(リテンション)を向上させるための法的施策について解説します。特に、公平な評価制度の構築、正社員登用制度の設計、そして国の支援策であるキャリアアップ助成金の活用方法について、実務的な視点から紐解いていきます。
Q&A
Q1. パート従業員にも賞与(ボーナス)や退職金を支給しなければなりませんか?
パートタイム・有期雇用労働法に基づき、「同一労働同一賃金」の観点から判断する必要があります。正社員とパート従業員の業務内容や責任の程度、配置転換の有無などが実質的に同じであれば、差別的な取扱いは禁止されます。賞与や退職金であっても、その支給趣旨(功労報償的な意味合いか、生活給的な意味合いかなど)を検討し、不合理な待遇差とならないよう注意が必要です。最近の最高裁判例では、賞与や退職金の不支給が直ちに違法となるわけではありませんが、正社員との違いを合理的に説明できなければなりません。少額であっても「寸志」を支給したり、ポイント制退職金を導入したりすることで、公平感を醸成し、モチベーションを高める企業が増えています。
Q2. 優秀なパート従業員を正社員にしたいのですが、「正社員登用制度」を作ると全員を正社員にしなければならなくなるのでしょうか?
いいえ、全員を登用する義務はありません。「正社員登用制度」を設ける場合でも、登用試験(面接、筆記試験、勤怠評価など)を実施し、会社が定める基準を満たした者のみを登用する仕組みにすることは法的に可能です。重要なのは、その「基準」を明確にし、従業員に周知しておくことです。基準が曖昧だと、「長年働けば自動的に正社員になれる」と誤解を生み、不採用とした際にトラブルになる可能性があります。適切な制度設計は、従業員の目標となり、モチベーション向上に寄与します。
Q3. パート従業員の待遇改善に使える「キャリアアップ助成金」とはどのようなものですか?
厚生労働省が管轄する助成金制度の一つで、有期雇用労働者等の正社員化、処遇改善の取組を実施した事業主に対して助成されるものです。代表的な「正社員化コース」では、有期雇用労働者を正規雇用労働者に転換した場合、一人当たり最大80万円(中小企業の場合・2024年度)が助成されます。この他にも「賞与・退職金制度導入コース」などがあります。活用するには、事前に「キャリアアップ計画」を提出し、就業規則に必要な規定(転換制度など)を盛り込むなど、厳格な要件を満たす必要があります。
解説
1. 有期・パート従業員のモチベーションを左右する要因
これまで、非正規雇用労働者は「雇用の調整弁」として扱われる傾向がありましたが、現在は「重要な戦力」です。彼らがモチベーションを低下させ、離職を選ぶ主な要因は以下の3点に集約されます。
- 不公平感: 同じような仕事をしているのに、正社員と比べて待遇(賃金、休暇、福利厚生)に大きな格差がある。
- 将来への不安: 契約更新のたびに「次は切られるかもしれない」という雇止めへの恐怖がある。
- 承認の欠如: いくら頑張っても評価されず、昇給もしないため、やりがいを感じられない。
これらの課題に対し、企業は法的な枠組みを活用しながら、制度面でのアプローチを行う必要があります。
2. 「同一労働同一賃金」対応による公平性の確保
モチベーションアップの土台となるのが、「公平な待遇」です。パートタイム・有期雇用労働法は、正社員と非正規雇用労働者との間の「不合理な待遇差」を禁止しています(同法第8条)。
(1)納得感を生む「説明義務」
同法第14条では、パート従業員から待遇差の理由について説明を求められた場合、事業主はそれを説明しなければならないと定めています。
「なぜ私の時給はこの金額なのか」「なぜ正社員には手当があるのに私にはないのか」。これらに対して、「パートだから」という理由では説明になりません。「業務の責任範囲が異なるため」「転勤がないため」といった客観的かつ合理的な説明が求められます。
このプロセスを通じて、会社がパート従業員の役割をどう定義しているかを明確に伝えることが、信頼関係の構築につながります。
(2)福利厚生の均等・均衡
賃金だけでなく、福利厚生や教育訓練の機会も重要です。例えば、社員食堂の利用、慶弔休暇の付与、更衣室の使用などで正社員と差をつけることは、合理的理由がない限り違法となる可能性が高いです。
「小さな差別」をなくしていくことが、パート従業員の帰属意識を高める第一歩です。
3. 公平な評価制度の導入と運用
「頑張っても頑張らなくても時給は同じ」という状況では、モチベーションは上がりません。パート従業員向けの適切な評価制度を導入することで、「見てもらえている」という安心感と意欲を引き出すことができます。
(1)評価項目の明確化
正社員と同じ評価シートを使う必要はありません。パート従業員の業務内容に即した、具体的でわかりやすい評価項目を設定します。
- 行動評価: 挨拶、チームワーク、規律遵守など
- 能力評価: 業務知識、スキル、スピード、正確性など
- 成果評価: 売上貢献(販売職の場合)、生産数など
(2)フィードバックの実施
評価結果を賃金(昇給・賞与)に反映させるだけでなく、必ずフィードバック面談を行うことが重要です。「何が良かったか」「次はどこを改善してほしいか」を伝えることで、従業員は成長の方向性を理解できます。
面談は、短時間でも構いません。定期的なコミュニケーションの場を設けること自体が、離職防止(リテンション)に効果的です。
(3)評価と賃金の連動(昇給ルール)
「評価制度 公平化」を実現するためには、評価結果が時給アップにどうつながるかを可視化します。
(例:評価S=時給50円アップ、評価A=時給30円アップ)
明確な昇給テーブルがあることで、従業員は目標を持って業務に取り組むようになります。
4. 正社員登用制度によるキャリアパスの提示
優秀なパート従業員を長期的に確保する最も強力な手段が「正社員登用制度」です。
(1)制度導入のメリット
- 人材確保: 内部登用であれば、本人の能力や性格を把握できているため、採用のミスマッチ(早期離職)を防げます。
- モチベーション向上: 「頑張れば正社員になれる」という明確なゴールを示すことで、日々の業務への意欲が高まります。
- 組織の活性化: 現場を知り尽くしたパート出身者が正社員になることで、現場と管理部門の架け橋となることが期待できます。
(2)制度設計のポイントと法的リスク
就業規則に「正社員登用制度あり」と書くだけでは不十分です。透明性のある運用ルールが必要です。
- 応募要件: 勤続年数(例:1年以上)、上長の推薦、人事評価の結果など。
- 選考方法: 面接、筆記試験、小論文など。
- 登用後の条件: 試用期間の有無、労働条件の変更内容。
特に注意すべきは、「期待権の侵害」に関するトラブルです。
登用基準が曖昧で、「上司に気に入られればなれる」といった運用をしていると、登用されなかった従業員から「正社員になれると期待していたのに裏切られた」として損害賠償を請求されるリスクがあります。
客観的な基準(例:SPI試験の点数、評価ランクの継続など)を設け、公正に選考を行うことが重要です。
5. キャリアアップ助成金の戦略的活用
制度整備にはコストがかかりますが、国は非正規雇用労働者の処遇改善に取り組む企業を支援しています。その代表格が「キャリアアップ助成金」です。
(1)正社員化コース
有期雇用のパート従業員等を正規雇用労働者等に転換した場合に助成されます。
2023年(令和5年)11月以降、要件が緩和され、より使いやすくなりました。これを原資として、正社員転換時の昇給分や教育コストを賄うことができます。
(2)助成金受給のための必須要件
助成金を受給するためには、単に正社員にするだけでは足りず、以下の法的な整備が不可欠です。
- 就業規則への規定: 転換制度の内容を就業規則等に明文化し、労働基準監督署へ届け出ていること。
- 昇給要件: 正社員転換後の賃金が、転換前と比較して一定割合(通常3%以上)上昇していること。
- 実態の伴う運用: 形式的な正社員化ではなく、実態としても無期雇用であり、社会保険等の適用が適切になされていること。
助成金の活用を前提とすることで、必然的に社内規定や人事制度が整備され、結果としてコンプライアンス体制も強化されるという副次的な効果もあります。
弁護士に相談するメリット
従業員のモチベーションアップ施策は、人事マターと思われがちですが、制度設計の根底には「労働法」があります。弁護士に相談することで、以下のようなメリットが得られます。
1. リスクのない正社員登用規定の作成
正社員登用制度は、運用を誤ると「登用差別」や「期待権侵害」などの法的トラブルを招きます。弁護士が、企業の裁量権を確保しつつ、公平性を担保できる規定案を作成・レビューします。
2. 同一労働同一賃金への適合性チェック
自社の待遇差が「不合理」にあたるかどうかは、最新の判例法理に基づいた判断が必要です。弁護士が現状の賃金制度や手当の仕組みを分析し、違法リスクのある箇所を指摘・改善案を提示します。
まとめ
有期・パート従業員のモチベーションアップは、単なる福利厚生の充実や「優しさ」の問題ではありません。それは、法改正に対応した公正な人事評価制度の構築であり、企業の生産性を高めるための「経営戦略」そのものです。
「非正規社員 定着率」の向上は、採用コストの削減に直結し、熟練したスタッフの確保によるサービス品質の向上をもたらします。
また、「キャリアアップ助成金」や「正社員登用制度」を適切に運用することは、企業が従業員を大切にしているという強力なメッセージとなり、採用ブランディングにも寄与します。
しかし、制度を導入するだけでは不十分です。現場で運用され、従業員が納得感を持って働ける環境を作ることがゴールです。
公平な評価制度の設計、就業規則の見直し、そして法的リスクを抑えた労務管理体制の構築について、専門的なサポートが必要な場合は、ぜひ弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。
貴社の実情に合わせた、持続可能で成長につながる人事労務戦略をご提案いたします。
その他のコラムはこちらから
初回相談無料|ご相談はお気軽に
リーガルメディアTV|長瀬総合YouTubeチャンネル
弁護士法人長瀬総合法律事務所では、企業法務に関する様々な問題を解説したYoutubeチャンネルを公開しています。
企業法務でお悩みの方は、ぜひこちらのチャンネルのご視聴・ご登録もご検討ください。
メールマガジン
当事務所ではセミナーのご案内等を配信するメールマガジンを運営しています。
ご興味がある方は、こちらのご登録もご検討ください。


