(注)本記事の内容は、記事掲載日時点の情報に基づき作成しておりますが、最新の法例、判例等との一致を保証するものではございません。また、個別の案件につきましては専門家にご相談ください。
【質問】
当社は中小規模の建築工事請負会社ですが、社員Xは入社以来20年超にわたって現場監督業務に従事してきました。ところが、最近になって腰痛の悪化を訴え、「現場ではなく冷房の効いた事務方に移して欲しい」と繰り返し、無断で現場に出ないことが頻出するようになりました。Xから病状に関する説明書は提出されましたが、そこに記載されている内容と異なり、休憩時間中は元気に歩いて同僚と昼食に出ているようです。
それ以外にも、仕事へのやる気も冷めてきたようで、度々現場でトラブルも起こしてきており、こうした事態が続くようであれば解雇も検討しているのですが、問題あるでしょうか。
【回答】
社員Xが現場でトラブルを起こしていたとしても、それだけで直ちに債務の本旨に従った労務の提供がないと判断することはできません。また、Xの病状の説明に誇張がみられるとしても、事務作業に係る労務の提供は可能であり、かつ、Xから事務方での作業を申し出ていたことからすると、直ちに解雇することは困難であり、まずは事実関係を把握の上、本人への注意・指導、配置転換等、改善に向けた対応を取ることが求められます。
【解説】
1. 労働者の労働義務
労働者たる社員は、使用者たる会社との労働契約に基づき、会社に対する労働義務を負います(労働契約法6条)。そのため、社員が債務の本旨に従って労務の提供を行わない場合には、労働義務を果たさなかったものとして会社に対する債務不履行となり、会社は労働契約を解約し、当該社員を解雇することが認められます。
もっとも、会社による解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当でなければ権利濫用として無効となることに注意が必要です(労働契約法16条)。
2. 職務遂行能力の判断基準
前述のとおり、労働者が債務の本旨に従った労務の提供を行わない場合、労働義務について債務不履行となります。
この点、職種を特定しない雇用における労務の提供について、最高裁は、「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供がある」としています(片山組事件(最高裁平成10年4月9日労判736号))。
かかる判示から明らかなとおり、判例上、社員の職務遂行能力は、当該社員が現在従事している業務だけでなく、配置可能な業務も基準に判断されることになります。
3. 職務遂行能力不良を理由とした解雇の可否
職務遂行能力は現在従事している業務だけでなく、配置可能な業務も基準に判断されるとして、いかなる程度の職務遂行能力不良であれば、社員を解雇することができるでしょうか。
この点、裁判例は、以下の事情を考慮した上で、勤務成績・勤務態度の不良を理由とした解雇を無効としており、参考になると思われます。
- 会社経営や運営に対する現実の支障・損害(又は重大な損害のおそれ)があり、会社から排除することが必要であること(排除の必要性)
- 注意したのに改善されない等、今後の改善の見込みがないこと(改善不能性)
- 会社側の不当な人事がなかったこと(公正な人事)
- 配転や降格の可能性(配転可能性)
かかる裁判例から明らかなとおり、社員が現在配置された職場で業務上トラブルを生じていたとしても、それだけで直ちに債務の本旨に従った労務の提供がない、と判断し、解雇することは困難です。具体的な事実関係を把握し、本人への注意・指導、配置転換等、改善に向けた対応が求められます。
4. ご相談のケースについて
ご相談のケースでは、社員Xが現場でトラブルを起こしていたとしても、それだけで直ちに債務の本旨に従った労務の提供がないと判断することはできません。また、Xの病状の説明に誇張がみられるとしても、事務作業に係る労務の提供は可能であり、かつ、Xから事務方での作業を申し出ていたことからすると、直ちに解雇することは困難であり、まずは事実関係を把握の上、本人への注意・指導、配置転換等、改善に向けた対応を取ることが求められます。
【参考文献】
菅野和夫「労働法第十一版」(株式会社弘文堂)