【質問】
社内通報窓口に対して、「同僚の男性社員Xから何度も食事に誘われその都度断ってきましたが、逆恨みされたのか、プライベートアドレスにも日に何百通も『今すぐ会いたい』、『俺のことをバカにしているのか』、『これだけ気持ちを伝えているのだから、一度くらい食事に行くのは人としての最低限のマナーだろう』などと送ってきています。帰り道で待ち伏せまでされたこともあり、怖くてたまりません。職場で顔を合わせるのもいやで、出社するのも怖くてたまりません。」という相談が寄せられました。
これはいわゆるストーカー被害に該当するかと思いますが、どのように対応したらよいでしょうか。
【回答】
会社は、職場環境配慮義務の一内容として、ストーカーに対して適切に対応する義務があるため、被害者の意向を確認しながら適切に対応する必要があります。そのため、被害者が警察への相談を希望する場合にはストーカー規制法に基づき警察へ相談することになります。
また、Xによるストーカー行為の事実を確認できた場合、会社は人事権の行使として、Xに対する解雇を含めた懲戒処分を検討することになりますが、その場合も、被害者に対する二次被害を防ぐべく、警察に仲介をお願いしたり、Xが逆恨みしないような条件を提示するなどの配慮が望ましいといえます。
【解説】
1. 会社の職場環境配慮義務
会社は社員に対して、労働契約上の付随義務として、信義則上、職場環境配慮義務を負っています(津地裁平成9年11月5日労判729号)。
かかる義務の具体的な内容として、会社には、社員によるストーカー行為を予防する義務と、ストーカーに対して適切に対応する義務があります。
この点、部下の女性に対してストーカー的なセクハラをしたとして降格させた従業員に対し、事件から2年後に退職した女性社員から十分なヒアリングも行わずに行った懲戒解雇を、懲戒権の濫用であって無効とした裁判例(霞アカウンティング事件(東京地裁平成24年3月27日労判1053号))があるとおり、被害者からのヒアリングが不十分だったり、処分までの対応が遅くなりすぎると、会社が上記職場環境配慮義務を適切に履行したものとはいえず、懲戒処分が無効とされる可能性もあることに注意が必要です。
2. ストーカー規制法上の対応—警察による対応
ストーカー行為等の規制等に関する法律(以下、「ストーカー規制法」)上、「ストーカー行為」とは、「同一の者に対し、つきまとい等・・・を反復してすることをいう」と定義されており(ストーカー規制法2条2項)、「つきまとい等」とは、「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者に対し」、ストーカー規制法2条1項各号の「いずれかに掲げる行為をすることをいう」と定義されています(ストーカー規制法2条1項)。
かかるストーカー行為はストーカー規制法及びストーカー規制法施行規則等によって禁止されており、被害者は警察に対して以下の対応を依頼することが認められています。
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3. 会社による対応
前述のとおり、会社は職場環境配慮義務を負うところ、その一内容として、ストーカーに適切に対応する義務があります。そのため、会社は被害者の意向を確認しながら対応しないと、かえって不適切な対応として、上記義務に違反することになりかねません。
たとえば、S工業事件(東京地裁平成22年2月16日労判1007号)において、外形上セクハラに当たりうるとまで認定された、会社取締役による女性部下に対する過剰な干渉があったとしても、被害者が加害者から経済的利益を享受していたこと等から、不法行為が成立しないと評価されたケースもあるため、ストーカー被害の内部通報を受けた場合も、まずは具体的な事実関係を慎重に確認し、被害者の置かれた状況を正しく理解することが大切です。
その上で、被害者が警察への相談を希望する場合には、ストーカー規制法に基づき警察へ相談することになります。
また、従業員によるストーカー行為の事実を確認できた場合、会社は人事権の行使として、加害者に対する解雇を含めた懲戒処分を検討することとなります。ただし、その場合も、被害者に対する逆恨みによる二次被害が及ばないよう、警察に仲介をお願いしたり、加害者が逆恨みしないような条件を提示するなどの配慮が望ましいといえます。
(注)本記事の内容は、記事掲載日時点の情報に基づき作成しておりますが、最新の法例、判例等との一致を保証するものではございません。また、個別の案件につきましては専門家にご相談ください。
【参考文献】
菅野和夫「労働法第十一版」(株式会社弘文堂)