【質問】
当社では、毎年7月に社員に対して業務に関連する法規制・倫理規制等について集合研修を実施しています。研修期間は1週間で、毎日2時間程度の研修を予定しています。
このたび、社員Xから、当該研修期間に重なる日程での年休申請を受けましたが、基本的に全社員がこの集合研修に参加することを義務づけているため、会社としては別の日に変更してもらえないか検討しています。
会社はXに対して、研修期間に重ならない期間で有給を取得するよう、変更することができるでしょうか。
【回答】
Xに対する時季変更権が認められるかは、当該集合研修の内容・必要性、研修期間、参加の非代替性等を考慮してケースバイケースで判断されます。
ご相談のケースでの研修の内容が一般的な法規制・倫理規制等の研修に留まり、X本人が参加しなくても事後的なE―ラーニング等で補えるのであれば、会社による時期変更権の行使が認められない可能性があります。
【解説】
1 社員の年次有給休暇
労基法39条5項は、「使用者は、・・・有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる」と規定しています。
この点、最高裁判決によれば、労働者たる社員がその有する休暇日数の範囲内で具体的な休暇の始期と終期を特定して時季指定をしたときは、客観的に「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当し、かつ、これを理由として使用者たる会社が時季変更権を行使しない限り、社員による時季指定によって、会社の承認がなくても社員は年次有給休暇を取得する、と解しています(全林野白石営林署未払賃金請求事件(最高裁昭和48年3月2日労判171号))。
したがって、他の時季の有給申請を希望する会社としては、「会社の承認がない以上、年休取得は認められない」と主張することはできず、別途時季変更権を行使する必要があります。
2 社員の時季指定権
もっとも、社員による時季指定にも一定の限界があります。
たとえば、タクシーの運転手が深夜乗務を拒否するために行った年次有給休暇の時季指定について、権利の濫用であり無効とした裁判例があります(東京高裁平成11年4月20日労判1682号)。
この場合、会社が時期変更権を行使しなくても、そもそも権利の濫用として社員による年次有給休暇は成立しないこととなります。
3 会社の時季変更権
前述のとおり、会社の時季変更権は、社員による年休の時季指定権の効果発生を阻止するものといえます。
その行使方法としては、「指定された年休日には事業の正常な運営を妨げる事由が存在する」という内容のものであれば足り、請求された年休について、単に「承認しない」という意思表示であっても時季変更権行使の意思表示に当たるとされています。
問題は、いかなる場合に時季変更事由である「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するか、ですが、当該労働者の年休指定日の労働がその労働者の担当業務を含む相当な単位の業務の運営にとって不可欠であり、かつ、代替要員を確保するのが困難であることが必要とされています。
したがって、たとえ業務運営に不可欠な社員からの年休申請であっても、会社が代替要員確保の努力をしないまま直ちに時季変更権を行使することは認められません。
一般的には、他の社員の休暇・欠勤の状況等により必要な人員確保が困難である場合、特定の時季に行うことが重要である業務について代替要員による対応では業務の遂行が困難又は意味をなさない場合等が「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当する、と解されています。
4 研修期間中の年休取得と時季変更権
年休申請期間における業務が日常的なルーティンワークではなく、集合研修等、以前から予定されていた特別な業務である場合には、「事業の正常な運営を妨げる」場合に該当するとして、会社による時季変更権が認められやすいといえますが、この場合も一切の年休取得が認められないわけではありません。
当該集合研修の内容・必要性、研修期間、参加の非代替性(本人が参加しなければならないか)等を考慮して判断され、研修自体に高度の必要性があり、参加が非代替的な場合(本人が参加してこそ意味がある場合)は、当該社員が研修を欠席しても予定された知識、技能の習得に不足を生じさせないと認められない限り、会社は時季変更権を行使することができる、とされています(日本電信電話事件(最高裁平成12年3月31日労判781号))。
5 ご相談のケースについて
Xに対する時季変更権が認められるかは、当該集合研修の内容・必要性、研修期間、参加の非代替性等を考慮してケースバイケースで判断されます。
ご相談のケースでの研修の内容が一般的な法規制・倫理規制等の研修に留まり、X本人が参加しなくても事後的なE―ラーニング等で補えるのであれば、会社による時期変更権の行使が認められない可能性があります。
(注)本記事の内容は、記事掲載日時点の情報に基づき作成しておりますが、最新の法例、判例等との一致を保証するものではございません。また、個別の案件につきましては専門家にご相談ください。