【使用者向け】解雇⑨−懲戒解雇事由に基づく普通解雇の可否

【質問】

このたび、当社の社員Xが取引先からの売上げの一部を不正に着服していたことが判明したことから、Xに対する処分を検討しています。

もっとも、Xは退職を間近に控えた、勤続年数40年超に及ぶベテラン社員であり、着服した金額も小額で、全額返還していることから、懲戒解雇ではなく、普通解雇にしようと考えています。

ところが、当社では、就業規則上、懲戒解雇に関する規定はありますが、普通解雇に関する規定がないことが判明しました。

このような場合でも、Xを普通解雇することは問題なく認められるでしょうか。

 

【回答】

裁判例上、就業規則上、懲戒解雇に関する規定しかない場合であっても、普通解雇の要件を満たす場合には、懲戒解雇をせずに普通解雇に留めることも認められています。

したがって、会社は、Xを懲戒解雇せずに、普通解雇することも認められるものと思われます。

ただし、以後同様の事態が生じないよう、就業規則を見直し、普通解雇事由も規定することが望ましいでしょう。

 

【解説】

懲戒解雇と普通解雇の相違

懲戒解雇とは、社員の企業秩序違反を理由に、当該社員を懲戒する目的で行う解雇をいいます。

懲戒解雇も普通解雇も、いずれも使用者が一方的に雇用契約を解約する旨の企業の意思表示という点では同じものといえますが、懲戒解雇の場合、①退職金規程等において退職金を不支給とする旨の規定がある場合が多いこと、②懲戒解雇は、「労働者の責に帰すべき事由」(労基法20条1項但書)に該当するものとして、解雇予告手当を支払わなくてよい場合があること、③実務上、再就職に際して大きな障害となることがあること、という違いがあります。

もっとも、懲戒解雇も懲戒の一手段ですから、就業規則等において具体的に規定する必要があり、就業規則等に規定がない場合には、社員が重大な企業秩序違反行為を行った場合であっても懲戒解雇は認められないこととなります。

 

懲戒解雇事由に基づく普通解雇の可否

就業規則上、懲戒解雇事由と普通解雇事由が規定されている場合に、社員の行為が懲戒解雇事由及び普通解雇事由双方に該当するときに、会社が当該社員を普通解雇することは問題なく認められています。

この点、就業規則の普通解雇事由に包括条項の定めがある場合に、懲戒解雇事由に該当する社員に対する普通解雇が問題となった事例において、最高裁判例は、「就業規則所定の懲戒事由にあたる事実がある場合において、本人の再就職など将来を考慮して懲戒解雇に処することなく、普通解雇に処することは、それがたとえ懲戒の目的を有するとしても、必ずしも許されないわけではない」と判示しています(高知放送事件(最高裁昭和52年1月31日労判268号))。

これに対して、就業規則上、普通解雇事由の定めがない場合に、懲戒解雇事由に該当することを理由に普通解雇をすることが認められるかは争いがあります。この場合の普通解雇の可否に関する裁判例は、概要以下のとおりです。

裁判例

判決内容

千葉県レクリエーション都市開発事件(千葉地裁平成3年1月23日労判582号)

(就業規則の普通解雇事由を限定列挙と解した上で)「就業規則において懲戒解雇事由をもって通常解雇をなし得ないと明確に定められている場合を除いては、懲戒解雇に該当する事由がある場合には通常解雇することができる旨を定めているものと解するのが相当である。」

関西トナミ運輸事件(大阪地裁平成9年11月14日労判742号)

懲戒解雇に該当する事由を根拠に普通解雇にとどめることも当然許される。」

 

東洋信託銀行事件(東京地裁平成10年9月14日労判757号)

就業規則に懲戒解雇に関する規定以外には解雇に関する定めがない事案において、「解雇自由の原則に照らし、(解雇権濫用となる場合を除き)解雇は自由になし得る。」とし、就業規則には懲戒解雇に関する規定しかないからといって、「就業規則上普通解雇を一切放棄し懲戒解雇権しか行使しないこととしたということはできない。・・・懲戒解雇事由に該当する行為があっても懲戒解雇という手段を採らずに普通解雇することはできると解される。」

以上のとおり、裁判例においては、普通解雇事由の定めがない場合に、懲戒解雇事由に該当することを理由に普通解雇をすることも認められるものと解している傾向にあるといえます。

 

ご相談のケースについて

裁判例上、就業規則上、懲戒解雇に関する規定しかない場合であっても、普通解雇の要件を満たす場合には、懲戒解雇をせずに普通解雇に留めることも認められています。

したがって、会社は、Xを懲戒解雇せずに、普通解雇することも認められるものと思われます。

ただし、以後同様の事態が生じないよう、就業規則を見直し、普通解雇事由も規定することが望ましいでしょう。

 

  • 【参考文献】菅野和夫「労働法第十一版」(株式会社弘文堂)

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