【質問】
当社は、配管設備のメンテナンスを中心とする会社ですが、即戦力として2ヶ月前にXを中途採用しました。
しかし、Xは採用時に提出してきた書類や面接時の応答では、過去に配管設備のメンテナンスの実務経験が豊富にあると申告していたものの、実際にはほとんど経験がなく、満足に当社の仕事を回せないことが判明しました。そのため、採用から2ヶ月を経過した時点でXを即時に解雇しました。
ところが、Xは、当社から解雇前に通知も手当てもないまま解雇されたのは法律違反であり、解雇は無効だと主張してきています。当社によるXの即時解雇は無効でしょうか。
【回答】
Xは、会社の業務遂行の上で重要な過去の経歴について詐称しており、その結果会社はXの採用の判断を誤ったといえるため、会社によるXの解雇は「労働者の責に帰すべき事由」によるものとして、解雇予告手続は不要であり、Xの即時解雇は有効と思われます。
なお、仮にXの経歴詐称が「労働者の責に帰すべき事由」に該当しないと判断された場合であっても、会社が即時解雇に固執する趣旨でなければ、解雇通知の日から30日を経過したとき、又は適法な予告手当てを支払った場合には、そのときからX解雇の効力が生じます。
【解説】
解雇予告義務
労基法20条1項本文は、「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少なくとも三十日前にその予告をしなければならない。」と規定しており、会社は社員を解雇しようとする場合、原則として少なくとも30日前に予告するか、30日分以上の平均賃金を支払う必要があります(労基法20条2項)。
解雇予告義務の除外事由
もっとも、①「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」又は②「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」は、例外的に解雇予告若しくは予告手当ての支払は不要とされています(労基法20条1項但書)。
なお、①「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」とは、(a)天災事変等やむを得ない事由があり、かつ、そのために(b)事業の継続が不可能となった場合でなければならず、(a)(b)いずれかしか満たさない場合(たとえば、(a)天災事変等のやむを得ない場合であっても、事業の継続が可能な場合)は、①の例外に該当しないことに注意が必要です。
また、②「労働者の責に帰すべき事由」とは、労働者において、解雇予告手続により保護されるに値しないほど重大又は悪質な服務規律違反あるいは背信行為を意味し、いかなる場合にかかる「労働者の責に帰すべき事由」に該当するかは、個別事案ごとに判断されることとなります。明確な判断基準は確立されていませんが、給排水設備の維持管理を業とする会社に、給排水工事についてあまり経験がなかったにもかかわらず、経験豊富かのような虚偽の申告をし、これを信用した会社が経験者として採用したところ、当該労働者が十分に仕事をこなせなかった事案において、裁判所は、「X(労働者)はY(使用者)において雇い入れをするかどうか、あるいはどのような条件で雇用するかを決するための重要な判断根拠となる事項について虚偽の申告をし、これを信用したYに、労働条件の決定を誤らせたものであるが、このような事情は、労基法20条1項但書の労働者の責に帰すべき事由に当たるというべきである」と判示しています(環境サービス事件(東京地裁平成6年3月30日労判649号))。
なお、上記解雇予告の除外事由については、行政官庁(労働基準監督署長)の認定を受ける必要があります(労基法20条3項、19条2項)が、除外事由に該当する事実があれば、たとえ行政官庁の認定を受けなかったとしても解雇の効力に影響はないものと解されています(ただし、罰則の対象とはなります(労基法119条))。
解雇予告義務違反の解雇の効力
問題は、解雇予告手続の除外事由に該当する事実がなかったにもかかわらず、解雇予告又は予告手当てなしに即時解雇がなされた場合の当該解雇の効力です。
この点、最高裁判例は、使用者が労基法20条1項の解雇予告義務に違反した場合の解雇の効力について、「使用者が労働基準法20条所定の予告期間をおかず、または予告手当の支払をしないで労働者に解雇の通知をした場合、その通知は即時解雇としては効力が生じないが、使用者が即時解雇を固執する趣旨でない限り、通知後、同条所定の30日の期間を経過するか、または通知の後に同条所定の予告手当の支払いをしたときは、そのいずれかのときから解雇の効力を生ずるものと解すべきであ」る、と判示しています(細谷服装事件(最高裁昭和35年3月11日))。
ご相談のケースについて
Xは、会社の業務遂行の上で重要な過去の経歴について詐称しており、その結果会社はXの採用の判断を誤ったといえるため、会社によるXの解雇は「労働者の責に帰すべき事由」によるものとして、解雇予告手続は不要であり、Xの即時解雇は有効と思われます。
なお、仮にXの経歴詐称が「労働者の責に帰すべき事由」に該当しないと判断された場合であっても、会社が即時解雇に固執する趣旨でなければ、解雇通知の日から30日を経過したとき、又は適法な予告手当てを支払った場合には、そのときからX解雇の効力が生じます。
- 【参考文献】菅野和夫「労働法第十一版」(株式会社弘文堂)